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発想の原点を探る

私立中高一貫校のクリエイティブ教育

少し背伸びをさせる授業が、 「知」のネットワーク化を促す

豊かな人間性を育むと言われる私学教育。中でも情操教育は、やはり私立中高一貫校の真骨頂といえるだろう。もちろん、トップ進学校と言われる私学でも、芸術への取り組みは熱く行われていた。ここでは、灘(兵庫)の「書道」をピックアップ!


灘中・高 書道教諭 倉橋肇先生(くらはし・はじめ)
1958年、埼玉県生まれ。号・奇艸。灘校の教壇に立つ一方、かな作家として書壇で活躍。昨秋の第45回「日展」で特選受賞。書道団体・草心会に所属

改組第一回「日展」第5科・書部 門で「特選」という最も栄えある賞を受賞した倉橋先生。書作家として全国的に活躍されている方が灘校の教壇に立っているというこの事実。高鳴る胸を抑えつつ、同校の書道教室へと足を運んだ―――

中学受験において全国最難関、しかも自由闊達な校風を持つ同校では、書道に対する取り組みも実にユニーク。

「灘校では中1から中3の二学期まで、また高1の選択授業で書道を履修することになります。入学したばかりの中学生から学ばせるのは、かなり特徴的だと思います」と倉橋先生。

中学生の書写といっても、学ぶ内容は芸術科書道そのものであり、この日、中2の授業は、「書聖」と言われる東晋時代の王羲之が書いた「蘭亭序」の中から、「天朗」の二字を臨書するというものだった。生徒たちが墨をする間、倉橋先生からは蘭亭序や王羲之に関する逸話などが紹介される。たとえば、万葉集 (巻三・349)にある「印結而(しめゆいて)我定羲之(わがさだめてし)住吉乃(すみよしの)浜乃小松者(はまのこまつは)後毛吾松(のちもわがまつ)」という和歌。当て字である万葉仮名の中に「羲之」とあるが、これを「てし」と読むのは、「手師=能書家(書の名人)」とするからだという。

実はこの解釈をしたのは江戸時代の国文学者・本居宣長なのだが、一見、中学生には少し難解かと思われることでも、あえてさらりと与えるあたりは、さすが灘校。実際、興味のある生徒数人はすぐさまメモをとっていた。こうした仕掛けが後々、他教科の学びともつながり、生徒たちの知的探究への道はどんどん広がってゆくことになるのだろう。

グローバル時代と言われ、外国語の習得や異文化理解の必然性が声高に叫ばれる。海外に出れば祖国の文化についてたずねられることも多く、本来であればもっと日本の伝統文化に対する取り組みがあってもいいはずなのだが、実際には公教育の中で芸術教科、とりわけ書道が削られることは多くなっているのが現状。 もちろんこの背景には、現代の生活から毛筆を使用する機会が極端に減っているという現状がある。

「もし、英語の授業がカリキュラムの中から削られるとなれば、すぐに周囲から反対の声があがると思います。習う側に書道の必要性がそれほど感じられなかったとすれば、そこは我々書道教師がもっと声を大にしてアピールしていかなければならない部分だと思います。本校には一学年に180人前後いますので、実際には興味がある者ない者さまざまです。 ただ、書道文化という体験は学校という場でさせてやりたいと思うんですね」

一般に書道と聞くと、筆に墨をつけて姿勢を正して書くという行為をイメージするが、実際にはどのような取り組みが行われるのだろう。

「中国に古くから伝わるさまざまな漢字の書体や日本の平安期の仮名文字など、教科書に載っている中国や日本の古典を臨書するというだけでなく、印を刻す 『篆刻』をさせたり、陶板に文字を削ったりと工芸的な要素も取り入れています。 というのも、私自身が高校時代の書道で学んで楽しかった記憶がありますから、やはりそうした影響もあって、形としてちゃんと残るものをさせてあげたいと思っています。たとえ今はそれほど興味がなくても、大学生や社会人になってからでも、ふと思い出すようなことがあるかもしれません。学ぶことに遅いということはありませんから、気持ちが変わった時に思い出せるだけの体験は必要なのだと思います。もちろんこれは書道に限ったことではないですけどね」

灘校では生徒はもちろん、各教科の先生方にも自身の学びや研究に取り組める 環境がある。倉橋先生も自らの作品作り に対する研究は欠かさない。今回、日展 特選受賞の理由として、審査員からは次のようなコメントが上がっている。

「初めて本阿弥光悦の書状を目の前で見た時の感動は今でも忘れることができません。墨色や文字それぞれの造形が、ぱっと目の中に飛び込んでくる鮮烈な体験をしました。日々の授業でも、体験を通して何らかの感動を与えたいと思いますね。今回の授業でも『あの弘法大師・空海も王羲之の書を学んだんだよ』と教えると、中には感激する生徒がいます。ちょっとした感動かもしれませんが、積み重ねていければと思っているんです」


  • 雑誌に掲載された倉橋先生の作品。阪神大震災から20年目の今年、震災当に書かれた川柳作家・村上氷筆氏の句を作品にしたためた。村上氏は灘校教諭として先輩にあたり、毎日新聞の川柳選者も務めている


  • 改組第1回 日展(2014)
    特選受賞作品「實盛」

古典中の最高傑作と言われる、王羲之の名品「蘭亭序」を学ぶ

今回、授業の素材として使われている「蘭亭序」は、会稽山・蘭亭という場所で「流觴曲水の宴」を催した王羲之が序文を書いたもの。曲水の宴とは、小川に酒の入った杯を流し、流れてくる前に歌を詠むというもので、できなければ杯を飲み干さなければならないという趣向。これは日本にも伝わり平安貴族の間でも行われた。王羲之の書いた真筆は、その書を愛した唐の太宗皇帝が、自らの逝去に伴い副葬品として埋葬するよう命を下したとされており、太宗に仕えていた欧陽詢・褚遂良・虞世南らが書いた蘭亭序の写本などが現存している。彼らはともに楷書の達人で、「初唐の三大家」と呼ばれる。放課後、生徒の中には彼らと同じ技法で王羲之の書法を再現しようとする生徒の姿もあった。


  • 先人によって緻密に作り上げられ造形をとらえることができるか。悠久の歴史に触れながら生徒たちの挑戦は続く