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なぜ、医歯薬系に進学するのか。

数ある医療分野の中から選んだのが、心臓外科という領域

大阪医科大学医学部に入る直前のことです。1967年12月に世界で初めての心臓移植手術が行われ、世界のトップニュースとして流れました。南アフリカのケープタウンで行われたんですが、子ども心に、心臓を手術して治せるというのは凄いなと思いました。その様子はその後もずっと頭に残っていました。

医学部に入ってからすごくかわいがってもらっていたのが心臓外科の教授で、家に呼んでもらってアメリカに留学していた頃のスライドを見せてもらったり、アメリカで行われている最新の心臓外科の実情を話してくれたりして、どんどんのめり込んでいきました。のめり込むというのがどういう様子かというと、心臓外科のことを考え始めると脳内ホルモンが出てきて、ワクワクするんですね。自分が元気になって活力がみなぎってくるのがわかるんです。だから、何を専門にするか迷う学生が多い中で、僕は自然な流れの中で、大学5回生の時に心臓外科医を目ざすことに決めました。そうなるといつものパターンです。あとに選択肢はなく、いつものようにもう目標に向かって邁進するのみです(笑)。

医者になりたいと思ったのは、人を喜ばせたいという思いからだというのは先ほど言いましたが、外科医になった時にへたくそだったら誰も喜んでくれないでしょ。手術中に外科医が「手に負えないから助けて」なんて言ったら終わりですよね。すべては自分の腕にかかっているんです。手術の上手な医師になるためには、当然上手な先生の技を見て学ばなければならないわけですから、日本国内だけでなく世界中を見て回った方がいいとうのは僕の中であたりまえのことでした。

ほかの病院で手術は無理だと言われた患者さんであっても、『まだチャンスがあるよ』と言ってあげられる存在になりたかったので、凄腕と言われる先生方の手術を何度も見たし、自分のところでもクオリティーの高い手術ができるよう、優秀なスタッフを集めたりもしました。医者として、外科医としてのパワーを高めていくと、あるところから実感として、その舞台となる病院の中身も大切だと感じるようになります。特にローマカトリック大学で教授をしていた2年間は、ヨーロッパ中の国々から呼ばれて公開手術をしましたが、中には病気じゃなくても入院したくなるような素晴らしい環境の病院がありました。

心臓手術を受ける患者さんにとって病院は生死にかかわるところですから、設備が整っているのはもちろんですが、内装がちょっと素敵であったり、ホスピタリティーあふれるスタッフがいたりするような、そんな空間が作れればと考えていました。それを実現したのが、2000年に神奈川県に開設した葉山ハートセンターです。そこでは「子供見学会」と称して、小中学生に手術の様子をライブ中継で見せたり、病院内の施設見学などを行いました。もちろん、周囲からは安全管理上のリスクなどネガティブな意見も多いわけですが、実際子どもたちは目をキラキラさせながら現場を見て、そのほとんどが将来医者になりたいと言って帰っていくんです。子どもたちにとって、こうした体験があった方が絶対にいいと思いますが、残念ながら僕が院長を退いた後はなくなってしまいました。要は上に立つ者のビジョンと覚悟、リーダーシップの問題なんだと思います。

子どもたちの、物事を受け止める感性というのは凄いものがありますね。NHKの「課外授業ようこそ先輩」という番組で、母校である小学校高学年の児童たちに手術の様子を見せたんです。好奇心旺盛な子どもたちからは山ほどの質問が出ますよ。「先生、手術失敗したことはないんですか?」「死んだ家族から文句が出たことないんですか?」「自分は下手くそだと思ったことはありませんか?」と、大人の事情には構いもせず、もうバンバン質問が飛んでくるわけ(笑)。めちゃくちゃかわいいんですけど、これっていうのは、実は医者にとって核心をつくような内容なんですね。なぜ医者になったのか、医者として何を目指すのか。そうした根本的な問題を、屈託のない目で見つめられながら、突きつけられているような気になります。

子どもの頃から医者の家庭で育ち、医者に対する既成概念があって、それなりに頭が良くて医学部に入り、周りからちやほやされ、親の跡を継ぐといったケースってよくありますよね。

僕自身はこれまで、自分の意思というものを常に自問自答して、のたうち回りながらでも何とか見つけ、何が何でも自分を高めていくことを目標にやってきました。世界中でトップレベルの心臓外科医を見てきましたが、その中で、常に自分自身のアップグレードを求めている医者というのはほんの一握りですよ。病院の院長になることや大学教授になるのが目的であるならば、居心地の良い所にとどまればよいのでしょうけど、僕にはそういう道を選ぶことができませんでした。厳しくても、高みを目指したいという一心でここまで来たという感じですね。

自分がなぜこの道を選んだのか。そこにブレがなければ、壁にぶつかったときでも乗り越えて、たくましく生きていくことができます。学校での成績が良くて、「受けたら通るよ」と言われて医科大学や医学部に進む生徒もいますが、自分の原点が明確に見出されなければ、挫折した時に自分を見失ってしまうことになります。