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博物学

 学問の枠を超える「学際性」が二つ目のキーワードです。先に紹介した生物学や民俗学だけでなく、ほかにも、地学・地質学・文学・宗教学・歴史学など、とても幅広い分野の研究をして功績を残しました。

 そして、三つ目のキーワードが「在野性」です。74年におよぶ生涯の中で、彼は一度もまともな職業についていません(笑)。慎ましくも、好きな研究に没頭して生きました。彼が研究生活の中で最も大切にしたのが森や山に入るフィールドワークだったんです。

 最近注目されているのは、熊楠が今から108年前にすでに使っていた「エコロジー」という言葉と考え方です。

 明治時代は国家神道だったので、神社は国の補助金によって運営されました。ところが日露戦争によって国家財政が逼迫すると、補助金を減らすために小さなお宮さんを合併しようという動きが始まります。これを阻止しようというのが「神社合祀反対運動」です。お宮さんの周囲は自然環境が豊かで「鎮守の森」と呼ばれます。熊楠にとっては、生物学的にも民俗学的な見地からも認めることはできませんでした。まさに、日本における自然保護活動の先駆けだったと言えます。

自分らしく生きるとはどういうことか

 熊楠のオ能を最も評価し敬愛していた昭和天皇は、生物学者としても知られていますが、若い頃に研究していたのが粘菌でした。確か新種を幾つも発見されていたと思います。権威あるイギリスの科学誌『NATURE』に57回も熊楠の論文が掲載されていますから、おそらく定期購読されていて、世界の「ミナカタ」の名をよく御存じだったのではないでしょうか。

 当時、皇居で天皇陛下にレクチャーできるのは東京帝国大学の教授以上だという不文律があったようです。熊楠は東京大学予備門に入学はしていますが、途中で退学していますから、最終学歴は旧制和歌山中学校です。ただ、地方を回ってその土地の話を聞くことは出来ますから、昭和天皇は南紀を訪れました。おそらくプライベートの場でも、家族に熊楠の研究や偉業について話されていたと 思うのです。だからこそ、現在皇室の皇位継承に関わる宮家の方々の多くが当館を訪ねてくださっているのではないでしょうか。

 偉人を讃える記念館は、日本国内に900近くもあるそうですが、その9割以上は生まれたところか亡くなったところ、あるいは大活躍された地域の市町村が作っています。この「南方熊楠記念館」は、民間が設立し、55年にわたって運営されています。まさに「在野の巨人」と言われる熊楠を象徴していると思いませんか。

 3年前が生誕150年という記念すべき年で、新館が竣工しました。旧館は戦後第一号の「国の登録有形文化財」として指定されていますので、建築関連の方々も大勢見学にいらっしゃいます。去年の夏には、東大の建築関係のゼミだけでも三つのグループが来られました。最近はファミリー層や外国からも来館者が増えています。数年前には兵庫県私立中学校高等学校理科研究会の先生方が来られましたし、関西の私立中高一貫校も幾つか見学に来られています。昨今はあまり『偉人伝』を見かけませんが、南方熊楠という人間の生涯を追体験することで、自分らしく生きることがどういうことか考えるきっかけになるはすです。

小さきもの、見えないものに目を向け続ける熊楠

 アメリカで購入し愛用していた顕微鏡(写真上左)と、図譜の作成に用いた絵の具(上右)。下は菌類の図譜で、ていねいに彩色され詳しい説明文が付けられており、かなり几帳面な性格がうかがえる。海外からの帰国後、隠花植物の採集に情熱を注いだ熊楠。中でも粘菌研究に特に大きな成果と足跡を残した。右ページの写真のように、記念館には粘菌研究の特設コーナーもある。
 入館者を迎えるピロティ及び円形状のロビーには、建物中心からつり下げられた筒状のオブジェがあり、自然光が採り入れられている

南方熊楠記念館
Minakata Kumagusu Museum

開館時間
午前9時~午後5時
※入館は午後4時半まで
休館日
毎週木曜日6/28~30、12/29~1/1 
※ただし7/20~8/31は無休
入館料
大人(高校生以上)600円 小人(小・中学生)300円 
※事前申請により団体割引あり
交通
JR紀勢本線「白浜駅」から明光バス循環または三段壁行、「臨海バス停」下車。バス停からは約600m 、徒歩8分

●〒649-2211 和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1
●TEL 0739-42-2872
http://www.minakatakumagusu-kinenkan.jp/

南方熊楠(みなかたくまぐす)1867年生まれ、1941年没。
和歌山県が生んだ世界的な博物学者。14年にもおよぶ欧米への遊学生活の後、1900(明治33)年に帰国。以後、郷土である和歌山県に在住し、生涯、博物学や民俗学などを中心として研究に没頭した。国内では神社合祀反対運動や自然保護連動などに巳論理と精力的な実践活動で尽力した