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スペシャル対談

-- 「いい大学に入って、有名な企業に就職する」、一般常識としては、もうそんなことを言う時代でないことはわかっていても、いざわが子のことになると、難関大学に入れれば何とかなるのではないかという気持ちが、親の立場としてはまだまだあるようです。そうした方々は、中学受験の段階で志望校を選ぶ際にも、東大に何名合格したというPRの文句に引き寄せられてしまいます。本当は、その先の話が大切なのに、見た目のインパクトに私学の広報活動が走っていることも否めないと思います。

【尾崎】 いま、東京大学をはじめいろんな大学が入試制度の改革に取り組んでいます。結局何かというと、入試の中でたんに幅広い知識を問うのではなく、受験生自身の価値判断を入試で問うという、その部分のウェイトを大きくしようとしているわけです。限られた条件の中で、よりうまくいく方法を見つけるためにはどうすればいいか。その判断や決断には正解がありません。

【森】 そういう力をつけるのにどういう教育を行えばいいか、結局それにつきると思います。おそらく今後、それが私学と公立校との明らかな違いになってくるのではないでしょうか。カリキュラムの中で培うというよりは、それ以外の学校生活が大切です。行事への関わり、何かを共に作り上げていくような取り組み、ミッションスクールなら礼拝などもあります。それぞれの私学が伝統として持ち合わせているものの中で育めるものです。

【尾崎】 もちろん、学問の土台となる基礎の基礎を教え込むというのは大切なんですよ。基礎学力というのは、私は一人ひとりが自分で生涯学習を展開することができるための、歩み出しができる力だと思っています。

【森】 そうですよね。神戸女学院の生徒も勉強するところではかなりやっていると思います(笑)。ただ、そのほかの課外活動も思いきり楽しもうとするのが本校の生徒たちです。校内で先輩の生き生きとした姿を見ていると、後輩たちはいつかああなりたいと思いますよね。 親が企業で働いていると、きっと素晴らしい社員に接していると思います。おそらく彼らの働きぶりや人間性というものを大学名では判断していないはずです。ぜひとも、そうした経験をわが子の学校選びの中にもフィードバックしてほしいですね。中学受験というと、どうしてもお母さんがサポートすることになってしまいますが、日本ではまだまだ家族の働き手の多くが男性ですから、社会経験を通じて生き方を教えるということではお父さんの出番です。どんどん子どもに関わってほしいですね。

【尾崎】 ペーパーテストで学力を測ることも大事ですが、人間教育を掲げる学校が受験生と向き合わずしてよいのかという思いがずっとあります。ですから、関西学院でも啓明学院でも面接は大切にしてきました。兵庫県の私学では数年前からプレテストの導入が開始されましたが、うちではしなかった。岡山県牛窓の前島に学舎とキャンプ場があるので、同じ小学生を集めるのであれば、学校の理念を 野外体験活動の中で理解してもらおうと「啓明ジュニアアドベンチャー」と称したキャンプを行っています。たんに知識の詰まった子どもではなく、行動できる人。自分の損得ばかりを考えるのではなく、仲間のために役に立つことの嬉しさを感じることができる子どもたちに、入学してもらいたいと願っています。

-- 神戸女学院・啓明学院ともとても素晴らしい教育環境を持ち、しかも学校生活の中には、チャレンジできるプログラムがいっぱいあります。


神戸女学院の外観

【森】 自然豊かなキャンパスを使ったイベントのほか、校外でのフィールドワークもありますね。学校行事ではないですが、釜ヶ崎での炊き出しや、サントリー山崎蒸留所のとなりに大阪水上隣保館という親のいない子どもたちのための施設があり、そこで活動することもあります。また、国立療養所長島愛生園でのハンセン病療養者のサポートなど、ボランティア活動に参加する生徒たちも多いですね。こうしたボランティアの募集をすると、応募者が多くて抽選になるほどです。

本校は「愛神愛隣」がスクールモットーですが、本当に心の優しい生徒が多いと嬉しく思っています。本当の幸せは何かということを、本校や啓明学院などでは、「聖書」や礼拝の時間を通じて追求しているわけですね。尾崎先生のキャンプの話ではないですが、現場で実際に感じ取るというのは、生きていることを実感することなのだと思います。

-- 実体験の中で何かを得たいというのは、子どもたちが本来持っている欲求なのでしょうね。


啓明学院の外観

【森】 私はそう思いますね。勉強ができてクラスでトップだからよしとするのか、いやそうじゃないと考えるきっかけが学校という場にあるかどうか。

【尾崎】 自分の存在がどういう存在なのか。価値観をどう持つかということが極めて重要になってきます。そのためには気づきを実感できる感受性が豊かでないといけません。キリスト教系の学校であれば、世界中に理念を同じくする学校が数多くありますから、たとえば個人の優しい思い一つとってみても、世界に仲間がいるということを現実の中で共有し、体感することができます。

【森】 私は、私学というのは「エリート養成」を明確にしてよいのではないかと思っています。みんなと一緒に幸福になろうと思うと、個々それぞれが様々な力を持っていないと実現することはできませんから、そのために幅広い教養を身につけて社会のエリートになっていくのはよいと思います。自分のためだけでなく、みんなのために自分の能力を発揮する、それが「幸せ」ということだと気づいてくれるかどうか。そこが学校として、教師としての腕の見せ所となるのではないでしょうか。 高い学力を持った、しかも自分を律することのできる子どもたちが、切磋琢磨して自分を磨いていく姿というのは、とても素敵だと思いませんか(笑)。

-- 私学のスクールモットーを見ると、関西学院の「Mastery for Service(奉仕のための練達)」でも、六甲の「MAN FOROTHERS(他者に仕える人間)」にしても、灘の「精力善用/自他共栄」、清風の「自利利他」など、共通する部分は多いですね。アプローチの仕方は各校で異なりますが、目指すべきことは社会に奉仕できる、役に立つ人材の育成なのでしょう。

【尾崎】 やはり礼拝の時間というのは大きな意味がありますね。学校礼拝というのは、ある種、家族礼拝だから、入学式や卒業式のようなセレモニーの時以外は、牧師資格がなくても構いません。教職員も生徒もみんなの前で話します。中には自ら話をさせてほしいと願い出てくる生徒もいます。外国籍の生徒が卒業前に本名を告白することもありますが、みんな涙ながらに共感していますね。

【森】 自分が考え悩んだこと、乗り越えたことをみんなの前で話すというのは、受け止めてくれる安心感がないとできないことだと思います。そういう空気感というのは、きっとミッションスクールの伝統として息づいているのでしょうね。

【尾崎】 それと、私学に通わせている家庭の文化力というのかな。学校の基本的な考え方に共鳴して選んでくださっているわけですから、われわれ教職員も学校と家庭が共に歩んでいるという実感があります。

【森】 だからこそ、学校側がしっかりとミッションやポリシーを明確に発信し、伝えてゆく努力をしないといけないですね。

-- 先ほど先生方が言われたように、神戸女学院も啓明学院の校風も、長い伝統の上で形づくられてきたものですから、やはりそれぞれに魅力がありますね。

【尾崎】 これからの子どもたちはグローバルな社会で生きていくことになりますが、海外に出ていくばかりでなく、国内に入ってくる外国人も増えてきますから、そこでもリーダーシップを発揮する必要があります。神戸女学院や啓明学院はもともと語学教育に定評がありますし、生徒たちは学びのプロセスにおいても、人として大切に扱われますから、そうした関係性の中で得たものは学校を出てから生き生きと発揮されますね。本校では欧米流の読書教育の中で論文の書き方を指導し、同時に生徒たちは学問に対する「学び方」も学びます。 エリートというのは自覚を持った人間のことで、自ら困難な場を切り拓くだけの強さが必要です。求められた時に応じることのできる人間を、これからもチャレンジ性とプロテスタント性を持った学院生活の中で育てていきたいですね。

【森】 本当にそう思いますね。しっかりと日本人としてのアイデンティティを持ちながらも、国際社会の中では常に物事を冷静に客観的に判断できなければなりません。発想力が豊かで、多様な価値観を認めることのできるような生徒を育てることが、神戸女学院の使命だと感じています。生徒たちの卒業後の活躍もぜひ期待していただきたいと思います。


森 孝一 [MORI koichi]

神戸女学院 院長
1946(昭和21)年生まれ。同志社大学神学 部・大学院神学研究科修士課程修了後、神戸女 学院中高部の教諭に着任。その後、米国、バークレー神学大学院連合に留学(博士課程)。帰国後、同志社大学で32年間教鞭をとる。現在、同志社大学名誉教授。2010年から神戸女学院院長・理事長を務める。
『宗教からよむ「アメリカ」』(講談社)など著書多数

尾崎 八郎 [OZAKI hachiro]

啓明学院 理事長
1941(昭和16)年生まれ。関西学院大学文学部卒業後、出身校である関西学院中学部の教諭に着任。中学部長・高中部長を務め、2000年からは啓明学院の校長として学内改革に着手。
西宮市教育委員会委員長・西宮市中学校体育連盟副会長などを歴任し、現在、啓明学院理事長