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防災教育の実際

インタビュー
防災士/中井佳絵さんに聞く、「学校で求められる防災教育、家庭で出来る防災・減災アクション!」

防災士
中井 佳絵 さん
(ボウジョレーヌプロジェクト)

取材・文/橘 雅康  撮影/岩井 進

中井さんが防災教育に携わることになった、きっかけのような出来事が何かあったのでしょうか。

広島では、2001(平成13)年に最大震度6弱(マグニチュード6.7)を記録した芸予地震がありました。その当時、私は広島でフリーのアナウンサーとしてテレビやラジオに出演させていただいていましたが、行政に関する番組を担当させていただき防災に関する知識を持っていたこともあり、地震に直面しても特に慌てふためくことはありませんでした。災害に対して常に備えようとする意識と、正しい知識を持って訓練をしておくことがいかに大切なことかをあらためて感じました。

2007年から、所属しているNPO法人「気象キャスターネットワーク」を通じて中国・四国地方の小学校を回り、地球温暖化についての「環境出前授業」を始めました。その時に気象災害について話をしていたのですが、気候変動というとどうしても遠い未来の話として語ることになります。ところが、昨今のように頻繁に発生する自然災害の状況を見ていると、100年先の気候変動をどうこう言っている場合ではなく、すぐにでも子どもたちに身を守る方法を教えないと危ないのではないかと強く思いました。

私は大学院の修士論文で防災教育について書きました。その時に地元である広島県安芸郡熊野町というところで、4つの小学校を対象に授業やアンケート調査をさせていただきました。学校現場で先生方とさまざまな意見交換をすることができたことが、今の仕事に大きく関わっています。

防災教育というのは、各校の先生方が主体となって指導するというのが文部科学省の考えですが、小学校でも中学校・高等学校でも、先生というのは教科指導だけでなくクラス担任や学年のさまざまな業務をこなさないといけません。ですから、防災教育へ取り組める時間は、おのずと限られます。そうかといって、児童や生徒向けに外部講師を頻繁に呼べば経費もかかるわけですから、私は防災教育の講演活動のほかに、各校の先生方に防災教育の指導法をレクチャーすることもあります。

防災教育というのは教科ではありません。先生方の裁量に任されているということもあり、現状では先生によって温度差があります。災害のメカニズムというと理科系の内容になりますから、少し苦手だと感じる先生はボランティア活動の話が中心になってしまったりするケースもあるようです。少し偏りがあるのではないかと感じています。

では、学校現場ではどのような防災教育が望ましいとお考えですか。

防災というのはあらゆるジャンルが総合的に関わってきますから、子どもたちはいろんな側面から広く学ぶことが大切だと思います。備えているからこそ、ひとたび災害が起こった時に冷静に状況を把握し、瞬時に行動することができるようになります。

いま、各地でいろいろな取り組みが行われています。南海トラフによる巨大地震の災害が心配される高知県や徳島県では、防災教育への意識が高く、よりリアリティーをもってということで、子どもたちには事前に知らせることなく避難訓練が行われている学校もあります。ただ、これまで災害がほとんどなかった地域に関しては、避難訓練が形骸化している感じはありますね。防災訓練の中で、地震を想定した訓練で「机の下に隠れろ」とだけ指導をすると、中には実際の地震の際に机を探してしまう子が出てきてしまいます。なぜそこに隠れるのか、「それは頭を守るためなんだよね」という一言が大切なんです。

ノウハウだけでなく、原理・原則を教えることを怠ってはならないと思います。それはあらゆる教科に通じる部分ですね。

皆さんの記憶に新しいところでは、2014年8月に、豪雨による土砂災害が広島で起こり大勢の生命が奪われてしまいました。比較的温暖な瀬戸内の気候の中で穏やかに暮らしていた方々の中にも、防災意識を持たねばと意識が少し変わってきたように感じます。

広島市では、災害に関する避難訓練というのは、火災を想定したものが主で、2005年に帰宅途中の児童が殺害された「小1女児殺害事件」以降は、各校で防犯訓練が必ず年間の訓練の中に入るようになりましたが、土砂災害については殆んど想定されていませんでした。市街地以外はほとんどが山と海という土地柄ですが、住んでいる方々というのはなかなかそこに危険があるとは思わないものです。これはデータにも表れていて、土砂災害後にとったアンケート調査にもかかわらず、リスクを認識していない住民が多かったという結果になっています。

「意識する」ことの大切さを実感するエピソードですね。学校教育の中でも、特に私学だからこそ気をつけなければならないことはありますか。

私立学校の場合は子どもたちの通学距離が長く、エリアが広いことを念頭に置かなければなりません。電車やバスで通学することも多いですから、その際に災害が発生したらどうするかという防災管理体制を整えることと、子どもたちにどうやって身を守るかという防災教育を施す必要があります。学校防災活動の中で管理と教育の体制を両輪で整えておくことが大切です。通学途中での被災となれば、先生も家族もそばにいないわけですから、自分が何者であるかということを明確に周囲に伝えることができる対人関係の能力も求められます。

災害の種類によって避難の方法が異なるのだという正しい知識がないと、実際に被災した時にどう逃げればよいのかわからなくなってしまいます。

たとえば大雨で冠水したような場合。大人であれば重力の関係で水が下に流れて貯まることが頭でも経験からもわかりますね。ところが幼い子どもたちにはわからず、地下に潜ってしまって危険な目に遭ったということもあります。高校生くらいになると自分の身は守れるような気になるものですが、災害の種類によって逃げ方も違いますから、現象によって対応がまったく異なるのだということを認識しなければなりません。がけ崩れの場合には、一階に土砂が流れ込んだものの、二階で寝ていた家族は生命が助かったというケースもあります。

地震によって津波が発生した場合はすぐに高台に向かうことが必要ですが、気象庁が出している大津波警報は地震が起きてから3分以内に発表されます。北海道の奥尻島で起こった地震では約2分で津波が到達しました。災害情報を待ってからの避難行動では遅いケースもあるんです。訓練なくして行動は絶対にできません。ぜひ常日頃から危機意識を持ってほしいと思います。

防災教育に関しては、文部科学省が各教科の中で取り組めるさまざまな事例をインターネット上のホームページ等で紹介していますし、地方自治体でも自然災害による被害想定範囲を示した「ハザードマップ」を掲載し、防災意識を高める取り組みについて積極的に掲げているところもあります。北海道庁では学校の先生方が指導しやすいように教材もアップされていますので、ぜひ活用していただけたらと思います。

ご自身が防災教育に携わる中で、いま特に感じていることはありますか。また、いくつか実践例を紹介していただきたいのですが。

ふだんから学校と地域とが一緒になって取り組む活動があればいいですね。情報交換の場があり、信頼関係を結んでおくというのは大切だと思います。

昨年、私が熊野町の小学校で取り組んだ事例を一つ紹介します。

小学生と地元の方々と町を探検しました。「こんなところは危険だね」とか「大雨が降ったらこの溝はどうなるかな?」とか子どもたちと話しながら歩くのですね。そうすると住んでいる地域の文化や風土を感じながら、ハザードマップには表れない危険な場所が発見できたりすることもあります。ハザードマップというのは調査された場所しか掲載されていません。地元の方も意外とそのことを知りませんから、子どもたちと一緒に防災の知識を学ぶというイメージですね。

広島では、枕崎台風が1945(昭和20)年9月に直撃し、2千名以上の死傷者が出ています。原爆が投下されて約一ヶ月後のことです。幼少期に災害に見舞われた80歳を越えたお年寄りが、調査している小学生を相手に、「いまは10センチほどしか流れていないこの川が、その時は氾濫して辺り一面が海みたいになったんだよ」と災害時の様子を語ってくださることもありました。そうすると、子どもたちにとっては社会の授業で習った民話のような遠い話だったのが、身近なものとして受け止めることができたようです。災害があれば、「対岸の火事」としてとらえるのではなく、自分たちの住んでいるところはどうなのかと、ぜひ置き換えて考えてみてください。

熊野町というところは伝統工芸品である筆の産地で、硯の生産をしている宮城県石巻市雄勝町と交流があります。東日本大震災の後はこちらから復興支援をするだけでなく、向こうから被災した硯をお借りして、子どもたちの手に持たせたこともあります。「実感」を伴う体験が、特に多感な時期に必要なのではないでしょうか。

いまの子どもたちは自然の中で遊ぶことも少なくなりましたし、学校教育の場でも体験活動がかなり減っているように感じます。

かつては児童公園にシーソーや回転型の大型遊具もありましたが、昨今はほとんど撤去され、子どもたちも肌感覚としてチカラの作用を感じる機会もありません。

本当にそうですね。子どもたちにはできるだけリアリティーを持たせたいということで、体験型の教材を使って防災への取り組みを体感してもらえたらと思っています。

小学校で講座を行う際にも実験道具を持っていくのですが、津波の場合でしたら、水をはった容器に防潮堤に見立てた発泡スチロールを立てておきます。子どもたちにストローを吹いて水面に波を起こしてもらい、防潮堤を倒してみようというわけです。ところがどれだけ強い風を送っても、風浪では絶対に倒れません。それが、容器の底にあるプレートを跳ね上げ津波を起こすと、簡単に防潮堤は倒れてしまいます。

こうした実験を通じて楽しく学べるのは小学生や中学生くらいまででしょうか。高校生くらいになると、実際の災害の映像やCGを使った発生メカニズムなどを見せたりする方が効果的だと思いますね。

教室から飛び出して行われるフィールドワーク。ここでさまざまな気づきが……

子どもたちが、自主的な取り組みを通じて発見!
2014年に、中井さんが熊野第二小学校の児童と一緒に行った「里山ウォーキングマップ作り」の様子。地元を歩き、冒険しながら身近な文化や風土にふれることができるもので、子どもたち自身で危険な場所を発見することもあるという。

  • 東京都新宿区立落合第五小学校で行われた防災授業(2013年12月)の様子。

  • 徳島県職員等を対象に行われた防災に関する講習会(2015年8月)。


中井佳絵(なかい・よしえ)
1973年、広島市生まれ。1991年に安田女子大学英語英米文学科入学し、在学中にアメリカへの派遣留学を経験。卒業後はフリーアナウンサーに。2012年、法政大学大学院政策創造研究科修了を経て、翌年から法政大学大学院地域創造システム研究所 特任研究員に就任。ほかに徳島大学大学院先端技術科学教育部非常勤講師、環境省ipccリポートコミュニケーターなどを務める。現在はボウジョレーヌプロジェクト主宰

さいごに、家庭でできる防災や減災の行動について教えていただけますか。

よくテレビ番組で、災害に備えて用意しておくものとして多種多様な防災グッズや食品などが紹介されています。ただ、よく考えていただきたいのは、それは生き延びた後の話なんです。まずは災害から身を守り生き延びるためにできることを考えてください。地震で震度6以上になると部屋の中でいろんなものが飛びかうことになります。家具の固定はもちろんですし、住居そのものを耐震構造にしておくことも大切です。夜間や明け方に災害が起こるケースもありますから、ふだんから家族間で近隣にある安全な避難場所を確認しておいたり、家族が同じ状態で被災するということは少ないですから、そこに至る経路まで話したりすることも大切です。

災害後、自宅で過ごすために備えておくと便利なものはいろいろありますが、食料品などに関してはスーパーの特売日にミネラルウォーターやレトルト食品、缶詰などを多めに買っておいて、ある程度の日数が立てばそれをふだんの食事に使うという「ローリング・ストック方式」がいいですね。特別に非常食としておいておくと、うっかり賞味期限が切れてダメになることもあるので、普段使いの食品で賞味期間の長いものを意識して購入しておき、非常食も時々家族で食べてみて更新していけばいいと思います。

先ほど言いましたように、私学に通う中高生の場合は通学時に被災することもしっかり想定しておくということと、自宅で被災した場合には地元の小学校が避難所になることが多いので、日頃から隣近所とはちゃんと挨拶をして、コミュニケーションをとっておくことが重要です。

昨今は、マンションなどに住んでいて隣家に誰が住んでいるかもわからないといったこともあるようですが、災害時には公的に指定されている避難所に行政からの配給も届くことになります。安否確認も含め自治会単位で行われることになりますから、ふだんから自治会費を納めてセーフティネットに入っておくことも大切だと思いますね。