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学校建築の在り方を考える

「思考の森」へ、ようこそ!日建設計・大谷弘明さんによる灘校キャンパスガイド

創立85周年の記念事業として、キャンパスの再整備を行った校。当サイトでは、学校全体を「思考の森」とネーミング。リノベーションの設計を担当した日建設計のグループリーダー、大谷弘明さん(執行役員/設計部門代表)に話を伺った。

「今回の整備では、長年中学生が使用してきた1号館を耐震補強し、新たな設備更新を行ったほか、西館、3号館、そして図書館を新築しました。設計をするにあたっては、改築前の学校の状態をよく見て、我々に何ができるのだろう、この学校の持つ雰囲気にふさわしいものはどういうものなのだろうと一心に考えました。
耐震補強というと、斜めに太い梁を入れたものを思い浮かべる方も多いと思いますが、デザインとしては、決して良いとは言えません。今回の1号館では、既存の柱・梁の外側に格子状のアウトフレームを付け加えて耐震補強を行いました。たんに力ずくで強くしたという印象を与えない一番のポイントが、植え込みを置いたことにあります。日光の照り返しを防ぐ効果もあります。実際に出来上がったものはとても風景に映えていて、パースを見るのとは雲泥の差でしたね。

建築には基準として緑化が必要ですが、役所がいう平面での緑地だけでなく、今回のように校舎の外側に並べたプランターボックスであれば立面として緑が見えますから、より効果的です。ふつうプランターといえば1~2種類の植物を植えますが、ここには何種類もあって、これには生存競争という比喩的な意味あいがあります。生徒たちには切磋琢磨しながら、志に向かって強く生きてほしいという願いがあって、ここはワイルドに行こうと・・・(笑)。
設計する上で大切にしたことは、灘校の伝統を継承して、登録有形文化財である本館の雰囲気を随所に採り入れた統一感のあるものにしたことでしょうか。建物の下には横のラインが何本も入っていますが、こうした掘り込み目地などもその一つですね。少し凝ったところでは、柱型を25ミリずつ三段にして、正面から見た時に、奥行き感が出るようにしています。そうすることで柱そのものが額縁のようになり、教室の窓もすっきりと見えます。カラーの強い本館のデザインに対して、アールデコの意匠を、そこはかとなく感じさせるようにしました。
新しいものを建てると、どうしても既存のものと対立してしまいます。新たにデザインするというよりは、あるものの中から要素を借りてくるという感覚です。そうすることで、拒絶反応が起きずにキャンパス全体がなじみます。同時期に別チームが設計した六甲学院では総建て替えを行いました。灘では、旧校舎の一部を残しながらの建て替えでした。

正門を入って右手にピロティーがあります。ここのスロープの床は、左官職人によって豆砂利洗い出しという仕上げになっていますし、天井はコンクリートですが木目調にしています。もしもここにボードでも張ったら、その途端、やわな建築になってしまうのです。生徒たちが登校すると、全員が隣に柔道場を見ながらこのスロープを上ります。これは、この学校の精神を毎日身近に感じるという仕掛けですね。
西館には職員室があり、その前に対話コーナーというフリースペースを設けました。ここは東向きに開いていますから、朝日が入り、これまであった楠や銀杏、今回植樹した楷の木など、緑を間近に感じることができます。楷の木は『学問の木』と言われていて、灘にぴったりです。紅葉の季節になると、楠は常緑樹なので緑の葉のままですが、銀杏が黄に、楷の木が燃えるようなオレンジに色を変えます。このコントラストをぜひ見てほしいですね。
こういう環境で育った子どもたちが、将来どんな大人になっていくのでしょうか。今後の日本を担う彼らの原体験の中に、建築家として少しだけ入れ知恵をしてみたかったんです(笑)」

  • 高校生たちがすごす2号館から見た中庭の風景。校舎の外側に張り出したアウトフレームと植栽が印象的。

  • 正門から入って南に向かうスロープ。天井と床にもこだわりが。

職員室前に設けられた「対話コーナー」。5mもある廊下幅が多目的使用を可能にした。ほぼ一年間、毎月のように先生方とワークショップを開いていたという大谷さん。最も議論を重ねたのが職員室の位置だったという。最終的には1号館と2号館を結ぶ形で、中学1年生と高校3年生に近い場所となった